東京高等裁判所 昭和38年(行ナ)7号 判決
一 特許庁における本件審査、登録異議および審判手続の経緯、本願実用新案の登録請求の範囲の項の記載、抗告審判審決の理由の要旨についての請求原因第一項ないし第三項の事実は、当事者間に争いがない。
二 (本願実用新案の要旨および作用効果)
(一) 本願実用新案の登録請求の範囲の項には、「強靱紙(1)の上面に磁気録音層(2)を設け、その上面をペイント薄層(3)で被覆した録音紙の構造」と記載されているところ(争いのない事実)、成立について争いのない甲第一号証(本願実用新案公報)によれば、実用新案の説明の項に、本願実用新案は磁気録音紙と筆記紙とを兼用させることを目的とし、右記載の構造により、従来公知の磁気録音紙と同様にして磁気録音をなしうるとともに、ペイント薄層に、鉛筆、万年筆等で文字を書くことができるとされていることが明らかであり、これにより、このペイント薄層を設ける主要な目的がその上に鉛筆等で文字を記載することにあると認められ、そこに記載されたものが十分認識しうるものであるべきこともいうまでもないから、本願実用新案の要旨は、原告も主張するとおり「強靱紙の上面に磁気録音層を設け、さらに、その上面に鉛筆等による文字を鮮明に書き表わしうる色の顔料を有するペイント薄層を被覆して成る録音紙の構造」にあるものとするのが相当である。
(二) つぎに、本願実用新案の作用効果についてみる。
(1) 原告は、本願実用新案について、本件抗告審判請求とともに、特許庁に訂正説明書案(甲第四号証)を提出し、説明書の記載を訂正しようとする意図を示した。この事実は、右争いのない事実と成立について争いのない甲第四号証とにより明らかである。しかし、実用新案の要旨は、出願公告がされた後においては、その登録願に添付された説明書および図面ならびに適法にされた訂正にもとづいてこれを認定するのを相当とするところ、適法なすなわち審判官の訂正命令による訂正(本件に適用のある旧実用新案法第二六条、旧特許法第七五条第五項、第一一三条第二項、旧実用新案法施行規則第七条、旧特許法施行規則第一一条第四項)がされた事実を認めることができない。もつとも、本件において抗告審判の審判官が右訂正を命じなかつたとしても、前掲甲第一号証および同第四号証によれば、右訂正は考案の要旨を変更するものでないことはもちろん、せいぜい不明瞭な記載の釈明にとどまることが明らかであり、このような場合において、特許庁が原告の訂正意図の申出の趣旨を含めて考えても、出願拒絶の理由があるとする判断に差異を生じないと考えたときは、訂正を命じないまま審決をすることもありうるし、この取扱いがただちに審決の違法を来すものとするまでもないであろう。本件審決の当否を審査すべき本訴においても、右訂正案の趣旨を含め、本願実用新案について判断をするのが当を得たものと考える。
(2) 前掲甲第一号証(本願実用新案公報)によれば、(イ)本願実用新案のペイント薄層には、鉛筆、万年筆等で文字などを書くことができ、したがつて、この録音紙によれば、文字および音声によつて、意思の伝達および記録の保存等ができる、(ロ)ペイント薄層により磁気録音層を被覆保護し、その損傷による雑音の発生および残留磁気の減少を防止するとともに、録音ヘツドの磨耗を減少させる、(ハ)ペイント薄層は、きわめて薄いから、これによつて録音紙のかさが増大しない、(ニ)磁気録音層を紙で被覆したものは高音部がカツトされるとともに、多量生産が困難であるが、本願実用新案のペイント被覆はこの欠点がない、(ホ)ペイント薄層により耐水性が増し、全体が強靱になる旨の記載が、また、前掲甲第四号証(本願実用新案の訂正説明書案)によれば、従来この種録音紙として磁気録音層上にワニスを塗布したものが知られているが、ワニスは透明であるから、黒色または濃褐色の磁気録音層の地色が出て、その上に鉛筆等で筆記しても判読し難いが、本願実用新案においては、鉛筆等で文字を鮮明に書き表わしうる色、たとえば白色の顔料を有するペイント薄層をもつて磁気録音層を被覆したから、そのような欠点が除かれている旨の記載が、それぞれ、されていることが認められ、本願実用新案がそのような作用効果を収めるものであることを推認できる。
三 (引用例)
成立に争いのない甲第三号証によれば、本件審決が引用した米国特許第二二五八一〇六号明細書は、昭和二五年三月二七日特許庁陳列館に受け入れられたものであつて、これには、「紙のような非磁性材料の薄板に、鉄粉のごとき粒状磁性材料を含浸させたものから成るものが示されている。あるいは必要に応じ、担体は、紙パルプの中に微細に分割した金属粉を堆積させて、磁化させることのできる紙材料の製造前にその中にまぜ合わせてから作ることもできる。ついで、この含浸された紙の両面をインクをはじかないワニスの層で塗布して表面処理をする。ワニスの各層は、二つの目的に対して役立つている。(1)含浸担体を保護し、(2)レコード上に書込み面を賦与する。」との記載があることが認められる。
四 (本願実用新案と引用例との対比)
本願実用新案と引用例とを対比すると、両者は、(一)本願実用新案が強靱紙の上面に磁気録音層を設けているのに対し、引用例が紙パルプ等の担体に鉄粉のごとき粒状磁性材料を含浸させている点および(二)本願実用新案が磁気録音層を鉛筆等による文字を鮮明に書き表わしうる色の顔料を有するペイント薄層で被覆しているのに対し、引用例がこれをインクをはじかず書込み面を供するワニスで塗装している点で相違しているが、磁気録音紙において、その磁気録音層の上に施す塗装の目的および効果が、磁気録音層を保護し、かつ、その塗装面に万年筆等の筆記具で文字などを書き込みうるようにした点では一致している。
本願実用新案においては、右に認定したところから明らかなとおり、考案の目的が、磁気録音紙の磁気録音層を保護し、同層上に文字等を鮮明に記入することを可能ならしめることにあつて、右(一)の相違点は、本願実用新案が解決しようとした課題に関係のない事項であり、当事者もこの相違点について何ら主張しておらず、もつぱら、(二)の相違点、すなわち、本願実用新案のペイント薄層が引用例のワニス塗装に比し、鉛筆等で文字を記入したときこれを判読識別するうえで特段の差異があるといえるか否かの点についてだけ主張をしているので、以下この点について考える。
成立について争いのない甲第六号証によれば、顔料を有する塗料を一般にペイントといい、ワニスは顔料を有しない透明の塗料と解しうべきところ、これと前掲甲第一号証および同第四号証ならびに以上の判断とを合わせ考えれば、本願実用新案に用いられるペイントは、顔料を有するもので、少なくともワニスのような顔料を有しない透明の塗料を含まないものと認められる。この認定に反する被告の主張は、にわかに採用できない。
原告が主張するように、磁性材料が黒色または濃褐色であつて、ペイントまたはワニスを塗布しない録音紙の地色がこれと同じ黒色または濃褐色となる場合、これに顔料を配合した本願実用新案のペイントを塗布すれば、録音紙の地色は、ペイントに配合された顔料の色によつて支配されることはいうまでもないから、これに文字等を鮮明に書き表わすためには、その顔料の色と反対色の筆記具を用いなければならないが、これに対し、引用例のように顔料を配合しない透明のワニスを塗布したときは、磁性材料の色と反対色の筆記具を用いることによつて、同様に文字等を鮮明に書き表わしうるわけである。いずれにしても、文字等を鮮明に書き表わすためには、磁気録音紙の表面の色と反対色の筆記具を用いなければならないことは、いうをまたない。
本願実用新案のペイントに配合される顔料は、「鉛筆等による文字を鮮明に書き表わしうる色の顔料」とされており、その「鉛筆等」について色の特定がなく、ひいて「顔料」についても具体的限定がされない。原告は、本願実用新案にいう鉛筆等は、普通の黒色の鉛筆またはブルーブラツク、リアルブラツクのペン、万年筆のように、黒色または濃褐色と区別し難い色の筆記具と解すべきである旨主張するが、一般に黒色系統の筆記具が多く使用されていることが認められるとしても、本願実用新案にいう鉛筆等が黒色系統以外の色の筆記具を常に含まないと限定しうるものでないことは、右により明らかであるし、黒色系統以外の色の鉛筆等の使用されることも少なくないことが顕著であるから、原告の右主張は採用できない。また、原告は引用例では磁気録音層の地色のため鉛筆等で文字を鮮明に書き表わすことができないとも主張するが、それは、引用例の磁気録音層が黒色または濃褐色であることおよび筆記具の色がこれと同系統の色のものに限ることを前提とした主張であつて、引用例が常にこれらの前提に立つものと認むべき資料はないから、この主張も採用できない。
引用例についてみるに、そのワニス塗装の目的の一つが文字等を書き表わすことにあることは、前認定のとおりである。したがつて、引用例においても、文字等を鮮明に書き表わすように工夫さるべきは当然であり、その際、磁気録音紙の色と筆記具の色とを反対色とすることは、前述のとおりにして当然容易に考え及ぶことであり、そのため、たとえばワニスに適宜な色の顔料を配合することは(この配合の塗料がペイントである。)当業者ならずとも容易に想到しうべき程度のことといえる。なお、塗料の塗布が被塗布体の保護の作用効果を収めること等について、本願実用新案と引用例との間に特段の差異があるとも認められない。検甲第一、二号証も以上の判断を覆すに足りない。
右のとおりである以上、引用例のワニスに代えてペイントを採用し、本願実用新案とすることは、特段の考案力を要しないでなしうるものというのが相当である。
なお、原告は、本件審決は原告に意見陳述の機会を与えなかつた資料にもとづいて判断をした違法があると主張するが、成立について争のない甲第二号証によれば、右は前記引用例の補強の資料にとどまるものと認められるから、この主張も採用のかぎりでない。
五 以上のとおりであつて、本願実用新案をもつて引用例から容易に考案でき本件に適用のある旧実用新案法第一条の新規な実用新案とはいえないとした本件審決には、原告主張のような違法の点はなく、したがつて、その取消を求める原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとする。